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 10月号(No.120)

発行: 三菱電機株式会社


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情報システム運用の最適化に向けた
ITILの有用性と導入のポイント

すでにITがビジネスの幅広い領域に浸透したことで、
多くの情報システム部門が企業にとっての価値を創出する施策や方法論を模索しています。
そこで注目されているのが、情報システムが提供するサービス品質向上、
情報システムの運用コスト適正化、サポート費用削減といった効果が期待される
ITIL(Information Technology Infrastructure Library)。
ITではなくITサービスという考え方を採用したマネジメントのフレームワークです。
今回は、ITILの基本的な知識を整理しながら、導入のポイントについて考えてみましょう。


  11のコア領域を対象に
ITサービスのマネジメントプロセスを定義

 

 ITILとは、英国商務省(OGC:Office of Government Commerce)が著作権を所有し、英国出版局(TSO:The Stationary Office)が発行しているITサービスマネジメントのフレームワークのこと。ITサービスマネジメントの普及促進を目指す非営利団体であるitSMF(IT Service Management Forum) Japanによれば、「ITサービスに関する様々なプロセスや機能に関するガイドラインをベストプラクティスとしてまとめたフレームワーク」と定義されています。
 ITILでいうITサービスとは、主に経営戦略や事業計画の達成に向けた組織的な取り組みを支援するために、ITシステムが提供するサービスという意味で使われている用語です。このITサービスの取得(Acquisition)と呼ばれる、企画から予算の策定、計画、調達、開発、運用、評価という一連のプロセスを前提に、運用プロセスの課題解決を図るマネジメントの方法論として体系化したフレームワークがITILという位置付けになります。
 ITILの最初のバージョンが公開されたのは1991年のことであり、現在広く普及しているのはバージョン2。以下に示す7冊の書籍で構成されおり、中核となる「サービスサポート」と「サービスデリバリ」では、11分野のコア領域が解説されています。
● 「サービスサポート」
日々の運用に関わるマネジメント手法を中心に解説したもので、サービスデスクという機能と、インシデント管理、問題管理、構成管理、変更管理、リソース管理という5つのプロセスについて定義。例えばインシデント管理はできる限り迅速に正常なサービスに回復させる、問題管理はインシデントの根本原因を究明して対策を講じていくなど、各プロセスが個別に定義された上で、各プロセスの関連付けも示されています。
● 「サービスデリバリ」
中長期的な視点からユーザのサービス要求に関するマネジメント手法を解説したもので、サービスレベル管理、ITサービス財務管理、キャパシティ管理、ITサービス継続性管理、可用性管理という5つのプロセスについて定義。例えばサービスレベル管理では、SLA(Service Level Agreement)と呼ばれるITサービスの提供側と利用側で交わす合意文書をベースに品質を維持・改善していく、ITサービス財務管理では投資対効果を把握していくなど、ITサービスの要件定義とコストの適正化に焦点を当てた解説が中心になっています。
● 「サービスマネジメント導入計画立案」
ITサービスマネジメント導入計画立案の際の主な課題や考慮すべきポイントについて解説しています。
● 「ビジネスの観点」
パートナーシップやアウトソーシング、商習慣も含めた改革や変化への対応など、ビジネスの観点からITIL書籍のベストプラクティスを解説しています。
● 「アプリケーション管理」
ライフサイクル全体を視野に入れた上で、ビジネスニーズに対応したアプリケーションの要件定義や実装を重視したマネジメント手法について解説しています。
● 「ICT Infrastructure Management*」
ITインフラのマネジメント手法を技術的側面から解説したもので、ネットワークサービス管理や運用管理などについての方法論を記述しています。
● 「Security Management*」
安全性の確保やデータの完全性、機密性の確保で必要になるマネジメント手法について記述しています。
(*は2006年6月現在日本語化未対応)

「ITサービス」の種類と位置付け(出典: 株式会社サービス戦略研究所)

  ITIL導入にあたって留意する必要がある
「ITサービス」や「サービス品質」の定義

 

 ITILの大きな特徴は、ITサービスの課題解決にはマネジメントが不可欠であるという考え方に基づき、理論先行ではなく経験から得られた知識を体系化した点にあります。すでに英国ではITILをベースにしたITサービスマネジメントの規格であるBS15000の認証が2003年7月からスタートしており、2005年12月には国際規格であるISO20000が発行されるなど、その有用性は欧米を中心に、世界的に認識されています。
 ただし、ITILで使われている用語の定義にはあいまいな部分もあり、ITILの書籍を読む際には注意が必要です。今回エキスパートインタビューにご登場いただいた株式会社サービス戦略研究所の河本公文氏によれば、その代表的な用語に「ITサービス」や「サービス品質」があります。
 例えばITサービスとは、すでに紹介したとおり、基本的には経営戦略や事業計画の達成に向けた組織的な取り組みを支援するために、ITシステムが提供するサービスという意味です。ところが使用している場所によっては、システム運用やアプリケーション管理といった情報システム部門が提供するサービス、情報システム部門内で後方部隊が支援するサービス、独立したITサービス企業が提供する広範囲のサービスという意味になっているといいます。
 また、河本氏によれば「サービス品質」と「サービスレベル」が同義の用語として使われていることが、実務上のわかりにくさを生んでいる要因の一つだと指摘します。ITILを導入する際には、サービスレベルは稼働率やスループットに代表される、サービスを受ける側が認識できる水準であり定量的な指標、サービス品質は同じ定量的指標であっても、そのサービスレベルどおりに実行できる度合いといった定義を明確にした議論が必要になるといいます。
 こうした標準用語の改善や定義の明確化も含め、ITILは新規バージョンに向けた改訂作業が進められています。現時点で明確になっているのは、戦略から設計、移行、運用、継続的改善というITサービスマネジメントのライフサイクル全体をカバーするという方向性。現行の「サービスサポート」と「サービスデリバリ」はその中の運用部分に反映される予定です。このほか、ITガバナンスのフレームワークであるCOBIT(Control Objectives for Information and related Technology)など、他のフレームワークや規格との併用を容易にする資料なども提供される予定です。

※ITILは英国政府のOGC(Office of Government Commerce)の登録商標です。
※COBITはISACA(Infomation Systems Audit and Control Association)の登録商標です。

 
“深さ”までを視野に入れた綿密な設計が
ITILの優れたコンセプトを生かすポイント

株式会社サービス戦略研究所
代表取締役社長

河本 公文 氏

企業の情報システム部門に共通する大きな課題として認識されている投資効果の適正な評価や運用コストの削減。その実現のためのフレームワークとして注目されているのがITIL(Information Technology Infrastructure Library)ですが、日本ではまだ、ITILに対する理解が広く浸透しているわけではありません。欧米で先行するITIL導入は、企業にどのような価値をもたらすのでしょうか。今回は、米国のIT事情にも詳しい河本氏に、ITILの有用性や導入のポイントについて伺いました。

  ITILの必要性や有用性は
企業自身が見極めなければならない
 

 「ITIL導入の効果を一言で表現すればサービス品質の向上ということになりますが、具体的な効果は各企業が自ら定義する必要があります。単に注目されている、対外的にアピールできるという理由だけでは、行き詰まってしまうことになりかねません。つまりポイントは、自社の現状を徹底的に把握した上で、どの領域に、どの深さでITILを実装し、その効果をどう測るかを明確にすること。特に従来ITサービスの運用というオペレーション・フェーズではあまり意識されていなかった設計という考え方を取り入れることが重要です」
 河本氏はまず、企業がITILを導入する際のポイントについて、こう話します。すでに構築した様々な情報システムを運用する中で、多くの企業が認識しているのが、ITサービスの品質向上と運用コスト削減という大きな課題。ITILは、情報システム部門のこうしたニーズに対して有用なフレームワークとして注目されていますが、企業自身が自社の実態に即した必要性や目的、評価方法などを見極めなければ、効果にはつながらないということです。ここで河本氏は、特にITILを導入する“深さ”を理解することの重要性を強調します。
 「本質的な部分でITILは間違いなく優れたフレームワークです。例えば障害からの回復を優先させるインシデント管理と、障害の根本的な原因を見極め対策する問題管理とを分けるといったコンセプトなどは非常に画期的です。ところが実際にこうしたプロセスを採用するためには、インシデントをどこまで詳細に記録するのか、根本的な原因をどこまで追究するかを明確にしなければなりません。当然その基準は企業ごとに異なりますから、各社が見極めるしかない。逆に言えば、必要な深さが判断できなければ、ITIL自体の効果的な運用につながらないことを理解しておくことが重要です」
 河本氏によれば、ITILを導入していなくてもサービス品質の向上に向けた取り組みを積極的に推進している企業は、日本にも多いといいます。フレームワークとしてのITILを有効活用するには、何を改善したいのか目標を明確にしておく必要があります。
 「情報システム部門の人たちには、サービス品質の向上や運用コストの削減だけではなく、従来構築した情報システムへの投資が本当に適正だったのかどうかを、運用を通じて検証したいというニーズもあります。そういう意味でも、運用フェーズの重要性は高い。つまりITIL導入では、従来の投資や努力のメリットを測定し、その測定方法を納得することがポイントになります。仮に従来IT化されていなかった領域に情報システムを構築し、ITILを導入するのであれば目に見える大きな効果が期待できますが、日本はすでにそういうレベルではありません。ITIL導入を検討するにあたり、どうすればサービス品質が向上するのかという点を、これまで以上に考え、メリットを見極める必要があるでしょう」

  ITサービス・マネジメントの変化に対応した
ITIL導入の新たな発想や工夫が不可欠
 

 2006年5月に施行された会社法、同年6月に成立した金融商品取引法によって、上場企業を中心とした多くの企業に義務付けられるのが内部統制システムの確立。河本氏によればITILは、この内部統制で、ITに関わる領域で要求される統制機能であるIT全般統制を実現するための基盤と位置付けられます。これはITガバナンスのフレームワークであるCOBIT(Control Objectives for Information and related Technology)で定義された4個のドメインの1つである「Deliver and Support(提供とサポート)」が、用語も含めてITILに近似しているためです。
 「現行のITILが、IT全般統制のすべてをカバーしているわけではありませんが、内部統制システムを確立する上で、ITILを導入しておくことが有利であることは間違いありません。ここで認識しておく必要があるのは、ITサービス・マネジメントの変化。我々は現在、法的な整備が進む中で、複数のフレームワークを上手く組み合わせながら活用していく時代を迎えようとしているという状況です。ITILだけに着目するのではなく、例えばすでに導入しているフレームワークとつなぐことで、共通する部分を生かす。変化に対応した新たな発想や工夫が求められるフェーズに入ったことは理解しておくべきです」
 企業に求められるのは、ITILの有用性だけに着目するのではなく、経営やビジネスといった総合的な視野からITサービス品質向上を目指し、ITILを活用するという視点。最後に河本氏は、次のように話してくれました。
 「現在作業が進められているITILの改訂では、サービスサポートとサービスデリバリだけではなく、戦略から運用に至るITサービスのライフサイクル全体をカバーするという方向性が大きなポイントになっていますが、企業はITサービスだけではなく、企業のライフサイクルを視野に入れる必要があります。つまり、ITサービス・マネジメントはITIL導入で完結するわけではないことを理解しておくことが重要です。目先の効果に捉われることなく、他のフレームワークやコンサルティングも活用しながら企業戦略の中でITサービスをどう位置付け、マネジメントをどう変革していくか。その中で、企業自身がITILの価値を見極めていくことが必要です」

(出典: 株式会社サービス戦略研究所)
 
河本公文(こうもと・まさふみ)

1964年〜1996年、日立電子サービス株式会社勤務。保守サービスおよび技術教育、欧米保守体制の構築と技術サポート、事業計画・海外ITサービス動向調査、日立製作所のソリューション・ビジネス体系(FORFRONT/SS)の立ち上げなどを担当する。1996年、株式会社 サービス戦略研究所設立し、代表取締役社長に就任。1997年度、日本ガートナーグループ株式会社ITサービス産業分析部ディレクター。
株式会社サービス戦略研究所を設立以来、ITサービスに関する各種コンサルティング、ITサービス・マーケティング促進、市場調査、セミナー、カンファレンス、講演等多数。ITILファウンデーション資格。
◆兼任:国際サービス・マネージメント協会(AFSMI)副会長、アジア地域担当。米国ITサービス・マーケティング協会(ITSMA)マネージング・ディレクター。日本ITサービス・マーケティング協会 (Japan ITSMA) 会長。大阪産業大学 非常勤講師。
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